発声の歴史 転換期になった3つの出来事
発声史において、それまでの概念を大きく変化させる重要な出来事を3つ挙げるとすると、次の3つだと考えています。
- 原始時代 言葉によるコミュニケーションが発達し始めた
- 17世紀 オールドイタリアンスクールメソッドが栄えた
- 19世紀 科学の進歩と仮説により考案された近代メソッドが生まれ始めた
今回の記事では、現在ほとんどの養成機関で教えられている近代メソッドについて、理論が生まれた歴史を中心にご紹介します。
近代メソッドが生まれた歴史的背景
19世紀の歌い手事情
近代メソッドが誕生する19世紀半ば(1850年代)までは、17世紀頃に考案された発声メソッド オールドイタリアンスクールメソッドが主流でした。
オールドイタリアンスクールメソッドは、20世紀の3大ボイストレーナーと言われるフレデリック・フースラー、ハーバード・チェザリー氏、コーネリウス・リード氏が理想としていたメソッドではないかと思われます。
20世紀の3大ボイストレーナーと呼ばれる3名の書籍を紹介します。
- エドガー・ハーバート・チェザリー(1884-1969)
- フレデリック・フースラー(1889-1969)
- コーネリアス・ローレンス・リード(1911-2008)
当時の歌い手は、オーケストラの大音量に対抗するために、なんとか大きな声量を出さなければならないという命題がありました。
また、カストラート(男性で女性らしい声を出す歌手。イメージとしては、もののけ姫の主題歌を歌われている米良さん:カウンターテナーが近いと思いますが、厳密にはカストラートとは異なります)の人気が、時代の流れとともに、次第にプリマドンナ(女性のオペラ歌手)へと変遷していきます。
そして、日本でも現在に至るまで何度も同じ歴史を繰り返していますが、できる限り若くて美しい女性にステージに立ってもらいたいという思惑もあったようです。
そこで、当時の方たちは、1人前の発声が身につくまでに6〜10年はかかるとされていた訓練を、なんとか縮めることはできないか考えたようです。
医療に革新をもたらした喉頭鏡の発明
そんな歌い手事情のある中、1854年に、嗄声(させい)や喉頭障害の研究の幕開けとなる出来事が起こります。
ロンドンにある王立音楽院の音楽教授マヌエル・ガルシア氏が、当時、名だたる生理学者や医者が成功し得なかった、喉頭の検査を行うための器具「喉頭鏡」の発明に成功します。これを機に、声帯がどのような形状をしていて、どのような動きをしているかという研究が始まります。
腹式呼吸の考案
喉頭鏡の発明の翌年 1855年、フランスの医師ルイス・マンドル氏が、医学誌にて腹式呼吸を発表しました。
ルイス・マンドル氏が発表した腹式呼吸の意図としては、プリマドンナ(女性のオペラ歌手)にとってはありがたいであろう息を節約する方法だったようですが、コルセットを使用していた当時の歌手の方々は、「苦しくてそんなのやってらんない!」といった理由から、あまり採用されませんでした。1当時の記録によると、ルイス・マンドル氏の発表から30年後にとったアンケートがあります。当時の一流の男性歌手62名と女性歌手23名に呼吸法について回答を得たところ、男性が3分の1程度、女性は0だったようです。
そして時が経ち、様々なメソッドが出回るなどして情報が錯綜し、次第に息をたくさん吸って吐け(現在言われている腹式呼吸)に変わっていったのです。
近代メソッドの開発
以上のような歴史の流れから、習得に時間のかかる自然の法則に基づくオールドイタリアンスクールメソッドから、近代の科学の仮説による近代メソッドへと移り変わっていきます。近代メソッドを多く開発した中心人物は、喉頭鏡を発明したガルシア氏のご子息でした。
- 腹式呼吸(ただし、考案者の内容とは大きくかけ離れたもの)
- 発声配置(声を体のどこかに当てる方法)
- 鼻腔共鳴(鼻の奥にある空洞部分に声を響かせる方法)
- 横隔膜唱法(横隔膜を突き出して声を支える方法)
- ミックスボイス(地声と裏声を混ぜる方法)
近代メソッドに対する警鐘
近代メソッド開発者による理論訂正
喉頭鏡が発明されてから40年後の1894年、近代メソッド開発の中心物であったマヌエル・ガルシアのご子息が、ロンドンの音楽誌において、あるコメントを残されました。
近代メソッドは誤りだ。すまなかった。近代メソッドは全て避け、自然に根拠をおくべきだ。
この言葉が世の中の人たちにどのくらい届いたのかというと、今現在も養成機関で主流となっていることを考えると、大きく取り上げられなかったということになります。
オールドイタリアンスクールメソッドへの回帰
その後、向こう数十年をかけて、科学者や優秀なボイストレーナーの方々によって、近代メソッドのエイビデンスや修正について研究が進みます。
ハーバード・チェザリー氏は、サウンドビーム(神経支配が確立された地声と裏声が融合した声を音響学的に表したもの)で、真のミックスボイスの構築を行おうとしました。
また、フレデリック・フースラー氏は、筋肉や器官の働きに基づいた考察を行い、喉頭懸垂機構の存在を公表しました。
近代メソッドによる思い込みによる誤解・誤植
フレデリック・フースラー氏が提唱した理論については、その後の科学的実験の結果、一部訂正が必要な箇所があったものの、その多くは非常に正確とされ、オールドイタリアンスクールメソッドへの回帰に大きく近づいたように思われました。
しかし、残念なことに、その後のトレーナーたちがあまり理解できていなかったようで、多くの誤解と誤植が生まれました。
事例1 腹式呼吸
生理・解剖学的見解に基づく呼吸に関する訓練の考察
- 喉頭懸垂機構が十分に訓練されれば、呼吸は自動的に適量行われる
- 声門下圧を強制的に上げるため、効果が出る人もいるが、生理学的に不自然な呼吸のため、柔軟性や機敏性を著しく欠いてしまう
事例2 発声配置
フースラーによる柔らかい裏声(アンザッツ4)の出し方
柔らかい裏声を出すときには、喉頭を頭の方に引っ張る筋肉を使います。
ただ、頭の方に引っ張る筋肉と言われても、イメージが湧きにくいかもしれませんね。
そこで、頭の方に声を当てるようなイメージで出してみてください。
すると、耳の方に伸びている筋肉を感じることができますか?
その筋肉を使って声を出すと、柔らかい声になるのです。
多くのトレーナーの指導例
- 声を頭に当てて、頭に響かせるように出して!
- 声を頭に当てると、声が響くよね!
声を当てることが目的となり、本来訓練したい筋肉の訓練になっていないという事態になりました。さらには、声の響きは別の筋肉の役割です。もうぐっちゃぐちゃです。こういった誤解や誤植による指導が日常茶飯事に行われているのが現在です。
近代メソッドに惑わされない発声理論の考え方
発声の基本前提5ヶ条
何が正しくて何が正しくないのかについては、実はまだまだ発声器官に関して未解明な部分も多いため、100%正確に把握することは難しいのが現状です。しかし、基本的な考え方は存在しており、その考え方に基づいて考えれば、限りなく正確に理解ができます。
その前提ともなる発声の基本前提を、次のように5ヶ条にまとめました。
- 声は、声帯筋とその周りの筋肉による運動によって生まれ、イメージした通りに出る
- 声は、喉頭の機能を回復させることで自由な表現を獲得する
- 声は、発声コンディショニングにより状態維持管理を行う
- 声は、生理・解剖・心理・脳科学で検証し、音響で検査する
- 声は、贈り物でいう箱にあたり、それ以上でもそれ以下でもない
この5ヶ条について、次回以降の記事で順番に解説していきます。
この5ヶ条を基準に、近代メソッドをなくしつつ、誰でも効果を実感できるボイストレーニング発声診断書®︎を考案しました。
発声診断書®︎で行うのは次の内容です。
- 発声理論をもう少し詳しく解説
- 10個の声を出して現在の声の状況を診断する
- 日課メニューを組む
ライトコース/スタンダードコース/スペシャルコースの3つのコースからお選びいただけます。